派遣事務、悩み1位は「給料」ではなく『人間関係』。4割が抱える実態とは

給料より深刻？4割が悩む「人間関係」の知られざる実態

多くの人が派遣の働き方に「自由」や「気軽さ」をイメージするかもしれません。しかし、現場では深刻なコミュニケーションの問題が起きています。430人の派遣社員を対象とした調査で、最大の悩みとして浮かび上がったのは、給料や仕事内容ではなく、日々の人間関係でした。その根底には、派遣という働き方特有の複雑な構造が存在します。

正社員との間に存在する「見えない壁」

最も多く聞かれるのが、正社員とのコミュニケーションの難しさです。同じチームで働いていても、重要な情報が共有されなかったり、会議に参加させてもらえなかったり。「自分だけが蚊帳の外」という疎外感を抱えるケースは少なくありません。また、業務の指示を出す指揮命令者と、他の正社員との間で指示内容が異なり、板挟みになってしまうことも。こうした「見えない壁」は、日々の業務に支障をきたすだけでなく、精神的な孤立感を生む大きな原因となっています。

誰に相談すれば？責任の所在が曖昧な職場環境

トラブルや悩みを抱えたとき、「誰に相談すればいいのか分からない」という声も深刻です。雇用主である派遣元企業と、実際に働く派遣先企業の間で責任の所在が曖昧になりがちだからです。派遣先の人間関係について派遣元の担当者に相談しても、「直接の指揮命令下ではないので介入しにくい」と言われ、一方で派遣先の上司に相談すれば「契約のことは派遣元に言ってくれ」と突き放される。この構造的な問題が、悩みを一人で抱え込ませ、問題をより深刻化させてしまうのです。

こうした人間関係のストレスに加え、働き手は経済的な不安と、さらに未来を揺るがす新たな脅威にも直面しています。

迫りくる二重の不安―根強い「待遇格差」と「AI失業」の影

人間関係に次ぐ大きな悩みが、経済的な問題です。さらに、テクノロジーの進化が、将来のキャリアに暗い影を落とし始めています。この「現在の待遇」と「未来の仕事」という二重の不安が、派遣で働く人々の心に重くのしかかっています。

「仕事のわりに給料が低い」23.7%の嘆き

調査では23.7%の人が「仕事のわりに給料が低い」と回答し、悩みの第2位となりました。近年、同一労働同一賃金のルールが導入されましたが、現場では依然として格差が残っています。特に、正社員には当たり前に支給される賞与（ボーナス）や退職金がないケースが多く、年収ベースで見ると大きな差が生まれます。正社員と同じか、それ以上の業務をこなしているにもかかわらず、待遇が見合わないという不満は根強く、働くモチベーションを削ぐ大きな要因となっています。

あなたの仕事も危ない？事務職の42%が抱くAIへの恐怖

現在の待遇への不満だけではありません。未来への不安も深刻です。別の調査では、実にオフィスワーク・事務職の42.0%が、AIの進化によって自分の仕事が減少することに不安を感じていることが明らかになりました。データ入力や定型的な書類作成、伝票処理といった業務は、AIやRPA（ロボティック・プロセス・オートメーション）による自動化が進みやすい領域です。特別なスキルが身につきにくい定型業務を中心に担ってきた派遣事務員にとって、「AI失業」はもはや他人事ではなく、自身のキャリアを根底から揺るがしかねない現実的な脅威として迫っているのです。

経済的な不安定さと将来への漠然とした不安。こうした状況が、派遣で働く人々のキャリア観に大きな変化をもたらしています。

なぜ今「正社員」を目指すのか？変わり始めたキャリア観

かつては「自由な働き方」として選ばれてきた派遣。しかし今、その価値観が大きく揺らいでいます。不安定な社会情勢と将来への懸念から、「自由」よりも「安定」を求める声が、かつてないほど高まっているのです。

3割が希望、顕著になった正社員への回帰志向

驚くべき変化が数字に表れています。今後、正社員を希望する派遣社員の割合は29.9%に達し、前年から3.3ポイントも増加しました。これは、単なる景気の変動によるものではなく、働き手の意識が構造的に変化していることを示唆しています。特にコロナ禍を経て、多くの人が雇用の継続性や社会保障の重要性を再認識しました。契約がいつ終了するか分からない有期雇用契約の不安定さよりも、長期的なキャリアと生活の安定を確保できる正社員という働き方に、再び注目が集まっているのです。

求めるのは「賞与」と「雇用の安定」という安心感

なぜ、彼らは正社員を目指すのでしょうか。その理由は明確です。最も多く挙げられたのは「賞与」と「雇用の安定」でした。毎月の給与だけでは将来の資産形成が難しい中、まとまった収入となる賞与の存在は大きいのです。また、契約更新のたびに不安を感じる必要がない雇用の安定は、何物にも代えがたい精神的な安心感につながります。派遣のメリットである「残業が少ない」「仕事を選びやすい」といった点を評価しつつも、それを上回るほどの強い動機が、人々を正社員へと向かわせています。

それでも派遣を選ぶメリットと、未来を拓くヒント

もちろん、派遣という働き方のメリットがなくなったわけではありません。「未経験でも働きやすい」「様々な職場を経験できる」といった利点は、キャリアの第一歩として依然として魅力的です。重要なのは、これらのメリットを戦略的に活用することです。例えば、正社員登用制度がある企業を意識的に選んだり、専門性を高めて専門業務派遣を目指したりすることで、派遣の柔軟性を活かしながら安定したキャリアを築く道も開けます。ただ流されるのではなく、主体的にキャリアを設計する視点が、これまで以上に求められています。

派遣の未来はどうなる？働き手と企業に求められること

派遣事務が抱える悩みは、個人の問題だけでなく、日本社会が直面する人手不足という大きな課題を映し出しています。悩みの上位に「人間関係」が挙がる現状は、多くの企業が派遣社員を単なる「一時的な労働力」としてしか見ていないことの表れかもしれません。鍵を握るのは、企業が派遣社員をコストや調整弁ではなく、共に働く『パートナー』として認識を改められるかどうかです。職場での円滑なコミュニケーションや正当な待遇改善は、優秀な人材を確保し、定着させる上で不可欠な投資となるでしょう。同時に、働き手自身も、変化の時代を生き抜くために、常にスキルを磨き、自らの市場価値を高めていく主体性が求められます。この両者の意識改革が進んだとき、派遣という働き方は、真に魅力的な選択肢となり得るのではないでしょうか。