障害ある子の「親亡き後」9割が不安。孤立する前に知るべき公的支援とは

なぜ9割が「不安」なのか？深刻化する問題の正体

時限爆弾としての「8050問題」

この不安の根底には、社会問題化して久しい「8050問題」の存在があります。親が80代、支援が必要な子も50代となり、親子が共に高齢化する。かつては親が若く、体力も気力もあったため、なんとか支えることができました。しかし、親自身が介護を必要とする年齢になり、収入も年金だけになると、状況は一変します。体力、経済力、そして社会とのつながり。そのすべてが限界に達し、親子共倒れという最悪の事態も起こりかねないのです。障害のある子のケースでは、この問題がより一層、深刻な形で現れます。

「制度はあるはず」なのに届かない声

もちろん、日本には障害のある方を支えるための公的な制度が存在します。しかし、多くの家族が「制度があることは知っているが、どう使えばいいか分からない」「相談できる場所が見つからない」という壁にぶつかっています。特に、知的障害や発達障害がある場合、子ども本人が自ら助けを求める（SOSを発信する）ことが難しいケースも少なくありません。親が元気なうちは何とかなっても、その親がいなくなった瞬間、子どもは社会の中で完全に孤立してしまう危険性をはらんでいるのです。

では、親がいなくなった後、子どもたちは具体的にどのような困難に直面するのでしょうか。そこには、避けては通れない「3つの壁」が存在します。

家族だけでは越えられない「3つの壁」

壁①：住む場所を失う「生活の場」の問題

親が亡くなった後、まず直面するのが「どこで暮らすか」という問題です。親が住んでいた家を相続しても、一人で維持管理していくのは困難な場合があります。選択肢として、障害のある人々が共同で生活する「グループホーム（共同生活援助）」などがありますが、全国的に需要に対して供給が追いついていないのが現状です。人気の施設では数年待ちというケースも珍しくなく、親が元気なうちから探し始めても、すぐに入居できるとは限りません。住む場所の確保は、生活の基盤そのものを揺るがす、最も大きな壁の一つです。

壁②：お金をどう守り、使うか「金銭管理」の問題

次に立ちはだかるのが、お金の管理です。親が遺してくれた財産や、本人が受け取る障害年金を、本人が適切に管理できるとは限りません。日々の買い物から家賃の支払い、公共料金の引き落としまで、生活には複雑な金銭管理が伴います。判断能力が十分でない場合、悪質な訪問販売や詐欺のターゲットにされる危険性も高まります。「誰が」「どのように」本人の財産を守り、生活のために使っていくのか。この仕組みを事前に作っておかなければ、生活はあっという間に破綻してしまいます。

壁③：誰が手続きをするのか「支援申請」の問題

日本の障害福祉サービスは、「申請主義」が原則です。つまり、黙って待っていても行政からサービスを提供してくれるわけではなく、本人や家族が「この支援が必要です」と声を上げ、複雑な手続きを踏まなくてはなりません。親がその役割を担っている間は問題ありませんが、親亡き後は誰がその役目を引き継ぐのでしょうか。本人が自ら福祉課の窓口へ行き、必要な書類を揃え、自分の状況を説明してサービスを申請するのは、極めてハードルが高いと言わざるを得ません。この壁が、必要な支援から人々を遠ざけてしまうのです。

これらの高い壁を前に、途方に暮れてしまうかもしれません。しかし、希望はあります。親が元気なうちから準備できる、未来を守るための「3つの命綱」が存在するのです。

希望はあるのか？今から準備できる3つの「命綱」

命綱①：法的に権利を守る「成年後見制度」

最も重要な備えの一つが、「成年後見制度」です。これは、判断能力が不十分な人に代わって、財産管理や契約手続きなどを行う「後見人」を家庭裁判所が選任する制度です。親が元気なうちに、信頼できる親族や弁護士などの専門家を後見人の候補者としておく「任意後見契約」を結んでおくことも可能です。この制度を利用することで、法的な後ろ盾を得て、本人の財産や権利を確実に守ることができます。ただし、手続きの煩雑さや費用の問題もあるため、早期からの情報収集が欠かせません。

命綱②：暮らしの選択肢を広げる「障害福祉サービス」

生活の場を確保するためには、前述のグループホームのほかにも、日中の活動を支援する「生活介護」や、就労を支援する「就労継続支援」など、様々なサービスがあります。これらのサービスを利用するには、市区町村に申請し、「サービス等利用計画」を作成する必要があります。親が元気なうちに地域の相談支援事業所とつながり、将来どのような生活を送りたいかを親子で話し合い、計画を立てておくことが、スムーズな移行の鍵となります。

命綱③：お金の未来を守る「信託」の活用

金銭管理の不安を解消する手段として、近年注目されているのが「信託」の活用です。特に「福祉型信託」と呼ばれる仕組みでは、親が信託銀行などに財産を預け、親の死後、その財産から子どもの生活費や医療費が定期的に支払われるように設定できます。これにより、まとまった財産を本人が直接管理するリスクを避け、第三者機関による適切な管理が可能になります。また、生命保険信託という方法もあり、家族の状況に合わせた柔軟な設計ができます。

しかし、これらの準備をすべて家族だけで抱え込むには限界があります。本当に安心して暮らせる社会の実現には、私たち一人ひとりの意識の変化が不可欠です。

鍵を握るのは『社会の目』、私たちにできること

「親亡き後」問題は、決して特定の家族だけの問題ではありません。家族の努力や準備だけで解決できることには限界があり、この問題は家族だけの責任ではなく、社会全体で取り組むべき構造的な課題です。行政には、複雑な制度を分かりやすく周知し、相談しやすい窓口を増やす努力が求められます。そして何より重要なのが、地域社会の役割です。

近隣住民による緩やかな見守りや、民生委員、地域の福祉協力員との連携など、社会的なネットワークを構築することが、孤立を防ぐ最大のセーフティネットになります。鍵を握るのは、制度の知識だけでなく、困っている人に気づき、声をかける「社会の目」なのです。あなたの地域では、こうした家族を支える仕組みは十分に機能しているでしょうか。この問題を自分ごととして捉え、私たちに何ができるかを考えること。それが、誰もが安心して暮らし続けられる社会への第一歩となるはずです。