なぜ日本のEVは中国なしで走れないのか？レアアース『9割』支配の衝撃

「脱炭素」の裏で激化する“静かなる戦争”とは？

クリーンエネルギー移行が招いた争奪戦

世界中がカーボンニュートラルを目指す中、皮肉な事態が起きています。それは、地球に優しい技術に不可欠な鉱物資源を巡る、激しい争奪戦です。EVの高性能モーターにはネオジムが、大容量バッテリーにはリチウムやコバルトが欠かせません。これらは「移行鉱物」と呼ばれ、その需要は爆発的に増加。国際エネルギー機関（IEA）は、2040年までに需要が最大で40倍に達すると予測しています。この巨大なパイを巡り、水面下で国家間の熾烈な覇権争いが繰り広げられているのです。

なぜ「移行鉱物」が国家の喉元に突き刺さるのか

移行鉱物の問題が深刻なのは、その産出地が極端に偏っているためです。例えば、コバルトの約7割はコンゴ民主共和国に集中しています。しかし、問題は採掘だけではありません。より重要なのは、採掘された鉱石を使える状態にする「精錬・加工」のプロセスです。そして、この工程を世界的に牛耳っているのが中国なのです。たとえ友好国で鉱物が採掘できても、最終的に中国の工場を経由しなければ製品にならないという現実があります。これは、世界のサプライチェーンにおける致命的な弱点であり、国家の安全保障を揺るがす地政学リスクそのものと言えるでしょう。

では、中国は一体どのようにして、これほどまでの支配力を手に入れたのでしょうか？

なぜ中国は「9割支配」を達成できたのか？

狙いは上流の「精錬・加工」プロセス

中国の戦略は、単に自国内の資源を掘ることではありませんでした。彼らが狙ったのは、サプライチェーンの中で最も付加価値が高く、代替が難しい「精錬・加工」の工程です。90年代から、中国は環境規制の緩さや安価な人件費を武器に、世界中のレアアース精錬事業を国内に誘致。他国が環境汚染を懸念して敬遠する事業を、国策として引き受けてきたのです。その結果、レアアースの精錬・加工における中国のシェアは、驚くべきことに世界の約9割に達しました。採掘量では世界の6割程度ですが、精錬工程を支配することで、他国で採掘されたレアアースさえもコントロールできる力を手に入れたのです。

世界の首根っこを掴む「チョークポイント」戦略

この精錬・加工工程の独占は、サプライチェーンにおける「チョークポイント」を握ることを意味します。チョークポイントとは、船が必ず通らなければならない狭い海峡のようなもの。ここを塞がれれば、全体の流れが止まってしまいます。中国は、レアアースだけでなく、EVバッテリーに不可欠なグラファイトの精製でも世界の7割のシェアを握るなど、複数の移行鉱物で同様の支配構造を築いています。これにより、中国はいつでも世界のハイテク産業やグリーン産業の供給網を麻痺させることができる、強力なカードを手にしたことになります。この現実は、日米欧の産業界に大きな衝撃を与えました。

この巨大なリスクは、日本のEV戦略に具体的にどのような影響を及ぼすのでしょうか？

日本のEVは走り続けられるか？加速する「脱中国」と残された課題

輸出規制という「外交カード」の脅威

日本の自動車産業にとって、中国への資源依存はまさに“アキレス腱”です。もし中国が輸出規制を本格的に発動すれば、日本のEV生産は深刻な打撃を受けかねません。実際、中国は2023年に半導体材料であるガリウムやゲルマニウムの輸出管理を強化し、世界を揺さぶりました。これは、資源を外交カードとして使うことを躊躇しないという明確なメッセージです。日本のEV戦略が、中国政府の意向一つで頓挫するリスクをはらんでいるのです。この経済安全保障上の脅威に対し、日本政府と企業は対応を迫られています。

日米欧の反撃開始、サプライチェーン再構築へ

この危機的状況に対し、日米欧などの先進国は「脱中国」依存で結束し、反撃に乗り出しています。具体的には、オーストラリアやカナダ、東南アジア諸国といった友好国との連携を強化し、中国を介さない新たなサプライチェーンの構築を急いでいます。例えば、日米豪印の4カ国連携（Quad）でも、重要鉱物の安定供給が主要議題の一つとなっています。さらに、国内での探査や、鉱物を使わない代替技術の開発、そして都市鉱山からのリサイクル技術の確立も急ピッチで進められています。これは、特定の国に依存しない、強靭で多角的な供給網を作り上げるための壮大な挑戦です。

支配者・中国が抱える「諸刃の剣」

一方で、圧倒的な支配者に見える中国もジレンマを抱えています。強硬な輸出規制は、相手国にダメージを与える一方で、自国経済にも打撃を与えかねない「諸刃の剣」です。過度な規制は、世界の企業に「脱中国」をさらに加速させる口実を与え、長期的には中国自身の国際的な孤立を招く可能性があります。また、長引く国内の需要不足も懸念材料です。世界の工場としての地位を維持するためには、安定した顧客が必要です。資源のカードを切りすぎれば、世界のサプライチェーンから弾き出されるリスクも抱えているのです。このため、中国も強気一辺倒ではいられないのが実情です。

では、この複雑な資源争奪戦は今後どうなっていくのでしょうか。そして、日本が進むべき道とは何でしょうか。

資源争奪戦の行方と日本がとるべき道

クリーンエネルギーへの移行は、中国という巨大な資源支配者を生み出しました。この構造は、今後数十年、世界の地政学を左右する重要な要素であり続けるでしょう。日本にとって、この中国への一極集中は、産業の生命線を他国に握られているに等しい状況です。鍵を握るのは、友好国との連携による供給網の多角化と、リサイクルをはじめとする革新的な技術開発です。短期的な安定供給の確保と、長期的な脱依存の両輪で戦略を進める必要があります。果たして日本は、資源という“アキレス腱”を克服し、クリーンエネルギー時代の勝者となれるのか。未来への舵取りが今、問われています。