日本初、CO2を地中に貯留。 INPEXが新潟で挑む『ブルー水素』製造の全貌

なぜ『青色』なのか？3つの水素が示す未来

最近よく耳にする「水素エネルギー」ですが、実は製造方法によって色分けされていることをご存知でしょうか。今回のプロジェクトの主役は「ブルー水素」。これを理解するために、まずは3種類の水素の違いを見ていきましょう。

水素に色が？グレー・ブルー・グリーンの正体

最も一般的なのが「グレー水素」です。天然ガスなどを原料に作られ、安価ですが、製造過程でCO2を排出してしまいます。一方、究極のクリーンエネルギーと呼ばれるのが「グリーン水素」。太陽光や風力など再生可能エネルギーの電力で水を電気分解して作るため、CO2は一切排出しません。しかし、大量の再エネ電力が必要で、製造コストが非常に高いのが現状です。そして、その中間に位置するのが「ブルー水素」。作り方はグレー水素と同じですが、発生したCO2を大気中に放出せず、回収して地中深くに貯留するのが最大の特徴です。

なぜ今『ブルー水素』が現実的な一手なのか

理想はグリーン水素ですが、日本のように国土が狭く、再生可能エネルギーの導入に制約がある国では、すぐに社会全体をグリーン水素で賄うのは困難です。そこで注目されるのがブルー水素です。既存の天然ガスインフラを活用できるため、比較的スムーズに導入が可能で、それでいてCO2排出を大幅に削減できます。つまり、グリーン水素社会が本格的に到来するまでの「橋渡し」として、非常に現実的な選択肢なのです。エネルギー大手のINPEXがこのプロジェクトに踏み切った背景には、こうした日本のエネルギー事情が大きく関係しています。

では、INPEXは具体的にどのようにしてCO2を地中に埋めるのでしょうか？その驚きの仕組みに迫ります。

CO2の『墓場』は枯れたガス田？驚きの地産地消モデル

「柏崎水素パーク」の核心は、水素の製造からCO2の貯留、そしてエネルギー利用までを一貫して行う、まさに「地産地消」のサイクルにあります。そこには、長年ガス田開発を手掛けてきたINPEXならではの技術と知見が活かされています。

南長岡ガス田から東柏崎ガス田へ

このプロジェクトでは、まずINPEXが操業する南長岡ガス田から採掘された国産の天然ガスを原料に、水素を製造します。その過程で発生するCO2は、特殊な技術で分離・回収されます。そして、ここからがこのプロジェクトの真骨頂。回収されたCO2は、パイプラインで運ばれ、かつて天然ガスを産出し、今は生産を終了した東柏崎ガス田の地下深くの貯留層へと圧入されるのです。これはCCUS（二酸化炭素回収・利用・貯留）と呼ばれる技術で、いわばガスを抜いて空いたスペースをCO2の「墓場」として再利用する画期的なアイデアです。

水素は発電、アンモニアは供給へ

こうして作られたブルー水素は、無駄なくエネルギーとして活用されます。一つは、パーク内に併設された水素発電所での利用です。ここで発電された電力は、地域に供給されます。さらに、水素の一部は窒素と反応させて「ブルーアンモニア」に転換されます。アンモニアは、水素よりも液化しやすく、輸送や貯蔵が容易という利点があります。このブルーアンモニアは、県内の工場などに燃料や原料として供給される計画です。まさに、新潟の資源を使い、新潟でエネルギーを生み出し、新潟で消費する。この一貫したモデルが、将来のサプライチェーン構築の試金石となるのです。

この画期的なプロジェクトは、日本のエネルギー業界全体に大きな影響を与えようとしています。しかし、そこには乗り越えるべき課題も存在します。

日本のエネルギーを変える？期待と立ちはだかる3つの壁

この「柏崎水素パーク」の成功は、単なる一企業の取り組みに留まりません。日本のエネルギー政策そのものを左右する可能性を秘めています。しかし、その道のりは平坦ではなく、いくつかの大きな壁が立ちはだかっています。

期待：エネルギー業界のゲームチェンジャーに？

このプロジェクトが商業ベースで成功すれば、日本における水素・アンモニアサプライチェーン構築の大きな一歩となります。他のエネルギー企業や重工業メーカーが追随し、国内の水素利用が一気に加速する可能性があります。国産天然ガスを利用することで、日本のエネルギー自給率向上にもわずかながら貢献します。また、新潟県柏崎市にとっては、新たな産業の創出や雇用の維持につながるという地域経済への波及効果も期待されています。

課題①：コストという最大の壁

最大の課題は、やはりコストです。CCUS設備の建設や運用には莫大な費用がかかるため、ブルー水素の製造コストは、従来のグレー水素の1.5倍から2倍になるとの試算もあります。このコストを誰が負担するのか。最終的に電気料金や製品価格に転嫁されれば、消費者の負担が増えることになります。政府の補助金など、公的支援も不可欠ですが、その規模と継続性が事業の成否を分けます。

課題②・③：安定供給と社会の理解

もう一つの課題は、技術的な信頼性と社会的な受容性です。CO2を長期間にわたって安全に地中に貯留し続けることができるのか、地震などへの耐性は万全なのか。こうした点について、地域住民や社会全体の理解と合意形成が不可欠です。さらに、これはあくまでグリーン水素への「橋渡し」という位置づけです。将来的にブルー水素への大規模な投資が、よりクリーンな技術への移行を遅らせる「座礁資産」となってしまうリスクも指摘されています。コスト、安全性、将来性。この3つの壁を乗り越えなければなりません。

今後の焦点は？『青い水素』は日本を救うのか

新潟県柏崎市で始まった日本初の挑戦。これは、化石燃料を使いながら脱炭素を目指すという、日本のエネルギー事情に即した現実的な一歩と言えるでしょう。この地産地消モデルが、2050年カーボンニュートラル達成に向けた有効な処方箋となる可能性を秘めています。しかし、最大の焦点は、やはり製造コストの壁をいかに乗り越え、ビジネスとして自立させるかにあります。果たしてこの「青い水素」は、究極のグリーン水素社会への確かな「橋渡し」となるのか。日本のエネルギーの未来を占うこの挑戦から、目が離せません。