日本の自然が危ない。目標の半分未達、打開策は「儲かる環境保全」

「目標の半分が未達」日本の自然に何が起きているのか？

衝撃の中間評価、15目標のうち進展は7つ

事態の深刻さを示したのは、環境省が公表した「生物多様性国家戦略」の中間評価案です。そこには厳しい現実が記されていました。国が掲げた15の状態目標のうち、進展が見られたのは半数弱のわずか7つ。多くの目標達成が大幅に遅れているのです。これは、日本の生態系が依然として損失し続けていることを意味します。かつて当たり前だった風景や生き物たちが、静かに姿を消しているのです。

失われゆく「生態系サービス」という恵み

問題は、ただ景色が悪くなるだけではありません。私たちが自然から無意識に受け取っている恩恵、いわゆる「生態系サービス」も回復していないのです。例えば、森林がもたらす綺麗な水や空気、田畑が育む豊かな食料、そして自然堤防が守ってくれる防災機能。これらすべてが、生物多様性の豊かさに支えられています。このまま損失が進めば、私たちの生活基盤そのものが揺らぎかねない、そんな瀬戸際に立たされています。

世界もまた、この危機に立ち向かおうとしています。その国際的な合言葉が「ネイチャーポジティブ」です。

なぜ目標は進まない？社会に横たわる「3つの壁」

壁①：「理念」と「経済」のジレンマ

国際社会は、2030年までに生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」という壮大な目標を掲げました。日本もこの目標達成を宣言しています。しかし、なぜ現実は追いつかないのでしょうか。最大の壁は、環境保全が「コスト」と見なされ、短期的な経済活動と対立しやすい構造にあります。「自然は大切だ」という理念は共有されていても、日々のビジネスや生活の中では、どうしても経済的な利益が優先されがちなのです。

壁②：見えにくい「自然の価値」

二つ目の壁は、自然の価値が「見えにくい」ことです。先ほどの生態系サービスは、私たちの社会にとって不可欠ですが、その価値を円やドルで正確に測ることは困難です。そのため、開発計画などでは具体的な経済効果が示される一方で、失われる自然の価値は過小評価されがちになります。この「価値の非対称性」が、合理的な判断を歪ませ、結果として自然の損失を加速させてしまうのです。

壁③：社会全体の「自分ごと化」の遅れ

そして三つ目の壁が、私たち自身の意識です。生物多様性の問題はあまりに壮大で、「専門家や政府がやること」と感じてしまいがちです。しかし、この問題の解決には、企業や自治体、研究機関、そして市民一人ひとりの行動変容が不可欠です。理念を現実のものとするためには、社会全体でこの問題を「自分ごと」として捉え直す必要があります。

しかし、この膠着状態を打ち破るかもしれない、逆転の発想が瀬戸内で始まっています。

逆転の発想。「儲かる環境保全」は実現するのか？

瀬戸内の挑戦「藻場再生」プロジェクト

その希望の光は、瀬戸内海にありました。産官学が連携する「瀬戸内渚フォーラム」が、藻場の再生に本格的に乗り出しています。藻場は「海のゆりかご」とも呼ばれ、魚たちの産卵場所や隠れ家になるだけでなく、海水を浄化する重要な役割も担っています。この失われた藻場を再生させることが、豊かな海を取り戻す第一歩なのです。しかし、この取り組みの画期的な点は、単なる環境保護活動に留まらないところにあります。

藻場が「お金」に？ブルーカーボンという新潮流

驚くべきことに、再生した藻場が「お金」を生み出す可能性があるのです。その鍵を握るのが「ブルーカーボン」という考え方です。藻場は光合成によって、大気中の二酸化炭素（CO2）を吸収し、炭素として体内に貯め込みます。このCO2吸収量を「ブルーカーボン・クレジット」として企業などに販売することで、経済的な価値を創出するのです。つまり、環境保全活動そのものが、地域経済を潤す持続可能なビジネスになり得る。これは、まさに逆転の発想です。

漁業と環境保全の「Win-Win」モデル

この仕組みは、これまで対立しがちだった環境と経済の間に、強力な橋を架けます。藻場が再生すれば、魚が集まり、漁獲高の増加が期待できます。これは地域の漁業関係者にとって直接的なメリットです。さらに、クレジット販売による収益が生まれれば、それをさらなる藻場再生の資金に充てることができます。環境が良くなることで経済も活性化し、その経済活動がさらに環境を良くする。この「Win-Win」の好循環こそ、ネイチャーポジティブを実現するための具体的な処方箋となるかもしれません。

では、この瀬戸内のモデルは、日本の自然を救うための全国的なロードマップとなり得るのでしょうか？

私たちに何ができる？自然と共生する未来への鍵

日本の生物多様性は、確かに危機的な状況にあります。しかし、瀬戸内の挑戦は、「儲かる環境保全」という新しいモデルが、この困難な状況を打開する希望の光となり得ることを示しています。理念や理想論だけでは動かなかった社会を、経済的なインセンティブによって動かすという、現実的なアプローチです。ただし、このモデルを全国に広げるためには、クレジットの認証制度を整備したり、多くの企業の参加を促したりと、まだ乗り越えるべき課題も残されています。今後の焦点は、この「自然の価値」を具体的な経済価値へと繋げる仕組みを、社会全体でいかに構築できるかにかかっています。企業が、自治体が、そして私たち市民一人ひとりが、自然との新しい関係を築く時が来ています。あなたの地域の自然を守るために、どんな「儲かる仕組み」が考えられるでしょうか？未来への答えは、その問いかけの中に隠されているのかもしれません。