夫なし、他人と「家族」に。中国で急増するシングルマザー同居、その切実な背景

なぜ今、中国で『夫のいない家族』が急増しているのか？

背景①：高止まりする離婚率と変化する結婚観

中国社会は今、大きな転換期にあります。かつて絶対的とされた結婚の価値観は揺らぎ、個人の幸福を追求する動きが加速しています。これを象徴するのが、高止まりする離婚率です。経済的な自立を果たした女性たちが、不幸な結婚生活を続けるよりも、自ら新しい人生を切り開くことを選ぶケースが増加。その結果、多くのシングルマザーが生まれています。しかし、彼女たちの前には、伝統的な価値観と厳しい経済的現実という大きな壁が立ちはだかっているのです。

背景②：東京以上？都市部の生活費高騰という現実

彼女たちを共同生活へと向かわせる最大の要因は、経済的な困窮です。<特に北京市や上海市といった大都市では、経済成長とともに家賃や教育費が異常なまでに高騰しています。中心部の家賃は、東京23区の平均を上回ることも珍しくありません。一人で子供を育てながら高額な生活費を稼ぐことは、多くの女性にとって極めて困難な状況です。公的なセーフティネットも十分とは言えず、多くのシングルマザーが自助努力でこの苦境を乗り越えることを迫られています。

このような厳しい状況の中、彼女たちはどのようにして信頼できるパートナーを見つけ、新しい生活を始めているのでしょうか？

出会いはSNS―南京市の事例に見る共同生活のリアル

デジタルが繋ぐ「同じ境遇の仲間」

驚くべきことに、彼女たちの出会いの場はソーシャルメディアです。Weibo（微博）や、ライフスタイル共有アプリの小紅書（RED）などで、「同じ境遇の女性と暮らしたい」「子育てを助け合えるパートナーを探しています」といった投稿が数多く見られます。ハッシュタグを通じて同じ悩みを持つ者同士が繋がり、メッセージを交換し、信頼関係を築いた上で共同生活をスタートさせるのです。これは、デジタル時代が生んだ新しいコミュニティ形成の形と言えるでしょう。

家賃は半分、喜びは2倍以上に

江蘇省南京市で暮らす2人のシングルマザーと3人の娘たちの事例は、この新しい暮らしの魅力を物語っています。彼女たちはSNSで出会い、一つのアパートで共同生活を送っています。家賃や食費は完全に折半。一人当たりの経済的負担は半分以下になりました。しかし、メリットはそれだけではありません。一人が仕事で遅くなるときはもう一人が子供たちの面倒を見る。食事は一緒に作り、子育ての悩みもすぐに相談できる。まさに相互扶助の精神がそこにはありました。

経済的メリットを超える「心のセーフティネット」

「何よりも、孤独感がなくなったことが大きい」と彼女たちは語ります。一人で子育ての全責任を背負う重圧から解放されたのです。子供たちにとっても、母親が笑顔でいる時間が増え、まるで姉妹のような存在ができたことは大きな喜びです。この共同生活は、単なるルームシェアではありません。経済的な負担を軽減すると同時に、精神的な孤立を防ぎ、日々の喜びや悲しみを分かち合う「心のセーフティネット」として機能しているのです。これは、現代社会が失いかけた温かい繋がりを、彼女たちが自らの手で再構築しようとする試みなのかもしれません。

しかし、この新しい「家族」の形は、良いことばかりではありません。そこには、乗り越えるべき大きな壁が存在します。

光と影―『新しい家族』が直面する3つの壁

壁①：法的保護がないという現実

最大の課題は、法的な後ろ盾がないことです。どれだけ強い絆で結ばれていても、法律上、彼女たちは「他人」同士です。これは、日常生活に深刻な問題を引き起こす可能性があります。例えば、パートナーやその子供が急病や事故に遭った際、緊急手術の医療同意ができないかもしれません。また、学校の保護者会への参加や公的な手続きで「家族」として認められないケースも考えられます。財産の相続や共同で購入した資産の分配など、将来的に複雑な問題が発生するリスクも抱えています。

壁②：「普通」を求める社会の偏見

伝統的な家族観が根強い中国社会では、彼女たちの選択に対する偏見も依然として存在します。「子供がかわいそう」「早く再婚すべきだ」といった無理解な声に、心を痛める女性は少なくありません。特に親族からのプレッシャーは大きく、自分たちの生き方を理解してもらうまでに長い時間とエネルギーを要します。この「見えない圧力」は、彼女たちの精神的な負担となり、共同生活を続ける上での大きな障壁となり得ます。社会全体の理解と受容が進まなければ、この新しい家族の形は、常に不安定な立場に置かれ続けることになります。

壁③：血縁がないからこその人間関係

血の繋がりがないからこそ、人間関係の維持にはより一層の努力が求められます。最初はうまくいっていても、子育ての方針の違い、金銭感覚のズレ、生活習慣の不一致などが、次第に関係に亀裂を生じさせる可能性があります。血縁家族であれば許せるような些細なことも、他人同士では深刻な対立に発展しかねません。お互いを尊重し、問題を解決するための冷静な対話が不可欠ですが、感情的なもつれから共同生活が破綻してしまうケースも報告されています。信頼できるパートナーを見つけること、そしてその関係を維持していくことの難しさが、この選択のもう一つの側面です。

これからどうなる？伝統への挑戦と未来の形

中国で広がるシングルマザーたちの共同生活は、単なる苦肉の策ではありません。これは、変化する社会の中で個人が幸福を追求するための、創造的で力強い解決策です。彼女たちの選択は、血縁や婚姻だけが家族の形ではないという、多様なあり方を私たちに示しています。しかし、その前には法的な保護の欠如や社会の偏見という大きな壁が残ります。今後の焦点は、彼女たちの暮らしを支える社会的なサポート体制と法整備が進むか否かにあります。血の繋がりだけが「家族」なのでしょうか？彼女たちの静かな挑戦は、私たち一人ひとりに家族の本当の意味を問いかけています。