企業のメンタル対策、なぜ効かない？　効果実感は2割、30代の不調が最多の現実

衝撃のデータ：なぜ『30代』が最も追い詰められているのか？

4割の企業で「心の病」が増加する現実

今回、上場企業171社の人事担当者を対象に行われた調査で、企業のメンタルヘルス問題の根深さが改めて浮き彫りになりました。「心の病」を抱える従業員が直近3年間で「増加傾向にある」と回答した企業は39.2%。およそ4割の企業で、働く人々の心が蝕まれている状況が続いているのです。これはもはや、個人の気力や体力の問題ではありません。組織全体の生産性を揺るがし、企業の持続的な成長を阻む重大な経営課題となっています。見過ごすことのできないこの現実に、多くの企業が頭を悩ませています。

最も多いのは30代、次いで20代という事実

特に深刻なのが、若手・中堅層の不調です。調査では、「心の病」が最も多い年代として「30代」を挙げた企業が39.8%で最多となり、僅差で「20代」が37.4%と続きました。つまり、企業の未来を担うはずの20代、30代が、最も心の問題に苦しんでいるのです。この世代は、まさにこれから組織の中核として活躍が期待される層。彼らが本来のパフォーマンスを発揮できないことは、企業にとって計り知れない損失と言えるでしょう。なぜ、この世代に不調が集中しているのでしょうか。その背景には、彼らが置かれた特有の厳しい環境があります。

キャリアと生活の狭間で揺れる世代

30代は、公私ともに大きな変化とプレッシャーに直面する時期です。仕事では、中堅社員として責任ある業務を任され、後輩の指導やマネジメント業務も増え始めます。自身のキャリア形成について真剣に考える時期でもあります。一方で、プライベートでは結婚、出産、育児、住宅購入といった人生の大きなライフイベントが集中しやすい年代です。仕事の責任と家庭での役割、その両方からの期待とプレッシャーが、彼らの肩に重くのしかかっているのです。この複雑に絡み合ったストレス構造が、30代を追い詰める大きな要因と考えられます。

では、企業側はこの深刻な事態にどう向き合っているのでしょうか？実は、対策は大きく進化しているのです。しかし、そこには大きな落とし穴がありました。

対策は進化しているのに…なぜ効果実感は『わずか2割』なのか？

「治療」から「予防」へ。広がるウェルビーイング経営

かつてのメンタルヘルス対策は、不調者が出てから対応する「事後対応」が中心でした。しかし近年、その流れは大きく変わりつつあります。従業員が不調に陥る前の「予防」に力を入れ、さらには一人ひとりの活力や働きがいを高めることで組織全体のパフォーマンスを向上させようとするウェルビーイング経営への関心が高まっています。具体的には、全従業員対象のストレスチェックの実施、コミュニケーション研修、相談窓口の拡充、上司と部下による定期的な1on1ミーティングの導入など、企業は様々な施策を講じています。

しかし、施策が空回りする根本原因

これだけ多くの企業が対策を進めているにもかかわらず、なぜ成果に繋がらないのでしょうか。調査では、対策の効果を「実感している」と回答した企業は、わずか23.4%にとどまりました。実に4社に3社以上が、施策が空回りしていると感じているのです。その原因は複数考えられます。例えば、全社一律の研修など、施策が画一的で個々の従業員が抱える問題と噛み合っていないケース。また、相談窓口などの制度はあっても、「忙しくて利用できない」「利用したら評価に響くのではないか」といった懸念から、従業員が使えない「絵に描いた餅」になっている可能性も指摘されています。

管理職の負担増という「見えざる壁」

施策が機能しないもう一つの大きな要因が、現場のキーパーソンである管理職（マネージャー）の疲弊です。彼らの多くは自身の業務も抱えるプレイングマネージャーであり、部下の業務管理に加えてメンタルケアまで求められる状況にあります。しかし、部下の心のケアに関する十分なトレーニングを受けていないケースも少なくありません。善意で対応しようとしても、どう声をかければいいか分からず、かえって関係をこじらせてしまうことも。この「管理職のスキル不足と負担増」という見えざる壁が、会社全体のメンタルヘルス対策の効果を阻む大きな障壁となっているのです。

効果の出ない対策は、単なるコストの無駄遣いでは終わりません。放置すれば、企業にとって取り返しのつかない深刻なリスクを引き起こすのです。

このままでは危険！メンタル不調がもたらす『2つの経営リスク』

優秀な人材が静かに去っていく…

メンタル不調の最も直接的なリスクは、人材の離職です。特に不調が集中している30代は、経験と知識を蓄え、まさにこれから会社の中核を担っていく世代。彼らが「この会社では心身ともに健康に働き続けられない」と感じた時、より良い環境を求めて静かに転職活動を始めます。企業にとって、時間とコストをかけて育てた優秀な人材の流出は、将来の成長エンジンを失うことに等しい深刻なダメージです。一人の離職が、他の従業員の士気低下や連鎖退職を招く危険性もはらんでいます。

チーム全体の生産性が低下する負のスパイラル

従業員のメンタル不調は、本人だけの問題では終わりません。一人の不調者が出ると、その業務を他のメンバーがカバーする必要が生じ、チーム全体の業務負荷が増大します。また、職場の雰囲気が悪化し、活発な意見交換が失われるなど、コミュニケーションにも支障をきたします。その結果、チーム全体の生産性が低下。残された従業員のストレスがさらに増し、新たな不調者を生み出してしまう…という「負のスパイラル」に陥る危険性があります。たった一人の不調が、ドミノ倒しのように組織全体を蝕んでいくのです。

では、この負のスパイラルを断ち切り、本当に意味のある対策を進めるにはどうすればよいのでしょうか？成果を上げている企業には、いくつかの共通点が見られます。

今後の焦点は？鍵を握る『対話』と『文化』

企業のメンタルヘルス対策は、「30代の不調増加」と「効果実感の低さ」という二重の課題に直面しています。今後の最大の焦点は、形骸化した施策から脱却し、現場で本当に機能するものへと変革できるかどうかです。その鍵を握るのは、従業員が安心して本音を話せる心理的安全性の確保と、一人ひとりに寄り添う「対話の文化」を根付かせること。管理職への十分なトレーニングを行い、彼らが自信を持って部下と向き合える環境を整えることも不可欠です。これは他人事ではありません。あなたの職場は、安心して「しんどい」と言える場所でしょうか？企業の未来は、働く一人ひとりの心と深く繋がっているのです。