「508億円赤字」大学病院が経営危機。地域医療“崩壊”の足音

衝撃の508億円赤字。なぜ大学病院は悲鳴を上げているのか？

過去最大、驚愕の赤字額

まず、この問題の深刻さを数字で見てみましょう。全国の国公私立の大学病院全体で、2024年度には合計508億円もの赤字に陥るという試算が発表されました。さらに、国立大学病院だけでも、2025年度には赤字額が400億円を超える見込みです。これは、もはや個別の病院の経営努力でカバーできる範囲をはるかに超えた、異常事態と言えます。地域医療の中核を担い、最も高度な医療を提供するはずの場所が、今まさに存続の危機に瀕しているのです。

収入を上回る「3つのコスト増」という構造問題

なぜ、これほどの赤字が生まれてしまったのでしょうか。その根本には、病院の収入である診療報酬の伸びを、コストの上昇がはるかに上回ってしまうという構造的な問題があります。特に経営を圧迫しているのが、「人件費」「光熱費・医療材料費」「高額な医薬品」という3つの大きなコスト増の波です。これらの要因が複合的に絡み合い、大学病院の経営をかつてないほど締め付けているのです。

止まらない人件費と物価高騰のダブルパンチ

一つ目の要因は人件費です。医師や看護師の処遇改善や、国が進める「働き方改革」への対応で、人件費は増加の一途をたどっています。さらに追い打ちをかけるのが、円安や不安定な国際情勢を背景とした物価高騰です。電気代やガス代などの光熱費はもちろん、手術で使う手袋やメス、医薬品といった医療材料の価格も軒並み上昇。これらのコスト増は、診療報酬のわずかな伸びでは到底吸収できないレベルに達しており、病院経営を直接圧迫しています。

命を救う薬が経営を圧迫するジレンマ

三つ目の要因は、医療の進歩がもたらした皮肉な現実です。近年、がん治療などで目覚ましい効果を上げる新しい薬が次々と登場しています。例えば、患者自身の免疫細胞を使うCAR-T細胞療法のような画期的な治療法は、一回の投与で数千万円もの費用がかかります。こうした超高額な医薬品の使用が増えるほど、患者を救う可能性は高まりますが、同時に病院の赤字は雪だるま式に膨らんでいくのです。命を救うための最先端医療が、病院の経営を危機に陥れるという深刻なジレンマが生まれています。では、この危機は私たちの生活にどのような影響を及ぼすのでしょうか？

もし大学病院がなくなったら？あなたの未来に迫る3つの危機

地域医療の「最後の砦」が失われる日

大学病院は、単なる大きな病院ではありません。地域の他の病院では対応できないような難しい手術や、複雑な病気の治療、そして重篤な救急患者を受け入れる「最後の砦」としての役割を担っています。もし経営危機によって大学病院の機能が縮小したり、最悪の場合なくなってしまったりすれば、このセーフティーネットが失われます。これまでなら助かっていたはずの命が、救えなくなる。そんな未来が現実のものとなりかねないのです。

受けられなくなる最先端の治療

あなたが、あるいはあなたの家族が、がんですと告知されたとします。今は、効果の高い新薬や先進的な手術など、様々な治療の選択肢があります。しかし、大学病院の経営が悪化すれば、高額な医療機器の導入や、新しい治療法の採用を見送らざるを得なくなります。つまり、日本にいながらにして、世界標準の最新治療が受けられなくなる可能性があるのです。これは、治療の選択肢が狭まり、回復の可能性が低くなることを意味します。

未来の医療を創る力が弱まる

大学病院の重要な使命は、日々の診療だけではありません。未来の医療を切り拓くための研究開発もその一つです。新しい薬を開発するための臨床研究（治験）や、新たな治療技術の確立は、大学病院が中心となって進められています。しかし、経営に余裕がなくなれば、こうした未来への投資は真っ先に削られてしまいます。これは、数年後、数十年後の日本に新しい治療法が生まれなくなることを意味し、将来世代に大きな負債を残すことになります。現場からは、すでに悲痛な声が上がっています。

「もう限界だ」―政治は動くか？問われる政府の決断

現場から上がる悲痛な叫び

「このままでは、高度な医療を提供し続けることも、新しい薬を開発することも立ち行かなくなる」。医療現場からは、こうした切実な訴えが相次いでいます。日々の診療で疲弊しながら、病院の赤字という重圧にも苦しむ医師や看護師、研究者たち。彼らの努力と使命感だけで、この構造的な危機を乗り越えるのはもはや不可能です。医療現場は「もう限界だ」と悲鳴を上げているのです。この声を受け、ついに政治も動き始めました。

動き出した議員連盟の緊急要請

この危機的状況に対し、自民党の有志議員による「大学病院を支援する議員連盟」が、政府に対して緊急の支援を求める決議を行いました。具体的には、補正予算を編成して直接的な財政支援を行うことや、診療報酬の抜本的な見直しを強く要請しています。これは、今回の問題が個々の病院の経営努力の限界を超えており、国策として対応すべき課題であるという認識が、政治の世界でも広がりつつあることを示しています。

鍵を握る診療報酬の抜本改革

ただし、一時的な財政支援だけでは根本的な解決にはなりません。問題の根源にあるのは、医療の高度化や物価高騰といったコスト増の実態を、診療報酬制度が適切に反映できていない点にあります。したがって、小手先の改定ではなく、日本の医療の未来を見据えた抜本的な制度改革が不可欠です。今回の危機は、日本の医療制度そのものが、時代の変化に対応できているのかを問う、大きな転換点と言えるでしょう。

日本の医療はどこへ向かうのか？

大学病院が直面する508億円という巨額の赤字は、もはや個々の病院の努力では解決不可能な、日本の医療システム全体の構造的な課題を浮き彫りにしました。このままでは、地域医療の崩壊や最先端医療の停滞は避けられません。今後の焦点は、政府がこの危機をどれだけ重く受け止め、迅速かつ実効性のある支援策を打ち出せるかにかかっています。私たちの命と健康を守る「最後の砦」を未来へつなぐために何が必要なのか。今、社会全体でその答えを真剣に考える時が来ています。