台湾、防衛費「6兆円」増額の衝撃。中国の圧力に屈しない『自衛』への本気度

なぜ今「6兆円」なのか？背後に迫る中国の影

国家の覚悟を示す、異例の追加予算

2025年11月26日、台湾の頼清徳総統が発表した計画は、世界に衝撃を与えました。2033年までの8年間で、総額1兆2500億台湾元（約6兆2300億円）を追加の防衛予算として投入するというのです。この決定により、台湾の防衛費は国内総生産（GDP）比で来年には3%を超え、2030年までには5%に達することを目指します。これは、多くのNATO諸国が目標とする2%を遥かに上回る水準であり、台湾の「自衛」に対する並々ならぬ本気度を国際社会に示すものです。

日常化する軍事的圧力という現実

この大胆な決断の背景には、切迫した安全保障環境があります。近年、中国は台湾周辺での軍事活動を著しく活発化させています。中国軍の戦闘機や爆撃機が、台湾の防空識別圏に進入する事案は、もはや日常茶飯事となりました。さらに、台湾を包囲する形での大規模な軍事演習も繰り返し行われ、武力による現状変更への懸念が現実味を帯びています。こうした絶え間ない圧力に対し、現状の防衛力では不十分だという危機感が、今回の歴史的な予算増額へと繋がったのです。

国際社会への「自衛」という強いメッセージ

この動きは、台湾の主要なパートナーである米国など、国際社会に向けた強いメッセージでもあります。「我々は助けを待つだけでなく、まず自らで国を守るために最大限の努力を尽くす」という決意表明です。これまで米国などからは、台湾自身の防衛努力の強化を求める声が上がっていました。今回の決定は、その期待に応え、自主防衛の意志を明確にすることで、パートナー国からのさらなる支援を引き出す狙いもあると考えられます。では、この巨額の予算は具体的に何に使われ、台湾軍はどう変わろうとしているのでしょうか？

何が変わる？台湾軍「3つの近代化」

空を守る「鉄壁の盾」へ：迎撃ネットワークの近代化

追加予算の柱の一つが、「空中迎撃ネットワークの近代化」です。これは、飛来するミサイルや航空機を早期に探知し、撃ち落とすためのシステム全体をアップグレードすることを意味します。高性能レーダーや地対空ミサイル、そして迎撃戦闘機の連携を強化し、台湾の空を多層的に守る「鉄壁の盾」を築き上げようとしています。特に、極超音速ミサイルなど、既存のシステムでは対応が困難な新たな脅威への対処能力向上が急務とされています。これにより、万が一の際の被害を最小限に食い止めることを目指します。

遠くを狙う「精密な矛」：長距離打撃能力の向上

もう一つの重点分野は、「長距離精密打撃能力」の向上です。これは、自国領土から遠く離れた敵の軍事拠点などを正確に攻撃できる能力を指します。具体的には、射程の長いミサイルの開発・配備などが含まれます。この能力を持つことは、単に反撃の手段を得るだけでなく、相手に「攻撃すれば、こちらも大きな損害を被る」と思わせる強力な抑止力となります。守りを固めるだけでなく、攻撃を躊躇させる「矛」を持つことで、紛争そのものを未然に防ぐ狙いがあります。

未来の戦場を制する「無人兵器」：ドローン技術への投資

そして三つ目の柱が、ドローンをはじめとする無人化技術の開発・導入です。近年のウクライナでの戦争でも明らかなように、安価で大量に投入できるドローンは、戦場の様相を一変させる力を持っています。台湾は、偵察用の小型ドローンから、攻撃能力を持つ大型のUCAV、さらには海上で活動する無人水上艇（USV）まで、幅広い無人兵器体系の構築に力を入れています。これにより、兵士の命を危険に晒すことなく、効果的に敵の戦力を削ぐ非対称な戦い方が可能になります。このように防衛力を抜本的に強化する台湾ですが、この動きは周辺国、特に日本にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

期待と不安―東アジアの未来はどうなる？

抑止力は高まるのか？軍拡競争への懸念

台湾の防衛力強化は、中国による一方的な現状変更の試みを抑止する効果が期待されます。台湾が容易に屈しない「ハリネズミ戦略」を完成させれば、武力侵攻のハードルは格段に上がり、地域の安定に繋がるという見方です。しかし、一方で懸念の声も上がっています。台湾の軍備増強が、中国側のさらなる軍備拡張を招き、結果として地域の軍拡競争を加速させてしまうのではないか、という指摘です。力の均衡が平和をもたらすのか、それとも緊張を高めるだけなのか、専門家の間でも意見が分かれています。

日本への影響は？「他人事ではない」安全保障

台湾海峡の平和と安定は、日本にとって死活問題です。「台湾有事は日本有事」とも言われるように、この地域の紛争は日本の安全保障に直結します。日本の輸入する原油の約9割が台湾周辺の海域を通過しており、このシーレーンが脅かされれば、私たちの生活は甚大な影響を受けます。また、沖縄県の与那国島は台湾から約110kmしか離れておらず、地理的にも極めて近い存在です。台湾が自衛能力を高めることは、結果的に日本の安全保障環境の安定にも寄与する可能性がありますが、同時に、日本も自国の防衛について、より一層真剣に考えるべき時が来ていることを示唆しています。

「要塞化」の光と影：経済への負担という課題

台湾が目指す防衛力の抜本的強化、いわば「国家の要塞化」には、光だけでなく影も存在します。最大の課題は、巨額の防衛費がもたらす経済への負担です。GDPの5%を防衛費に充てるという目標は、社会保障や教育、インフラ整備など、他の重要な政策分野の予算を圧迫する可能性があります。国民生活への影響を最小限に抑えながら、いかにして持続可能な防衛体制を築くかは、台湾政府にとって大きな挑戦となります。防衛と民生の両立という難しい舵取りが、今後の大きな焦点となるでしょう。

「要塞化」は平和につながるか？今後の焦点

台湾が下した「6兆円」の防衛費増額という決断は、「自らの国は自らで守る」という強い意志の表れであり、東アジアの安全保障環境における歴史的な転換点です。この動きが中国に対する抑止力を高め、地域の安定に繋がることが期待されます。しかし、その一方で、軍拡競争のリスクや国内経済への負担という大きな課題も残されています。鍵を握るのは、軍事的な備えと並行して、対話を重視する外交努力を粘り強く続けられるかです。力による抑止と対話による平和構築。この難しい舵取りを、台湾は、そして私たちはどう見守っていくべきなのでしょうか。地域の未来を左右する動きから目が離せません。