全国旅行支援終了も旅行者数は過去最高へ 3億人突破の裏で進む「地域独自割引」競争

なぜ今、旅行者が増えるのか？「全国旅行支援」終了後の新潮流

全国一律から「地域独自」への大転換

多くの人が利用した全国旅行支援は、その役目を終えました。しかし、旅行熱が冷めたわけではありません。今、主役は国から各都道府県や市町村へと移っています。それぞれの自治体が、地域の魅力を最大限にアピールし、観光客を呼び込むための独自の割引キャンペーンを次々と打ち出しているのです。これにより、旅行者は行き先に応じて、より多様で特色ある支援を受けられるようになりました。いわば、観光支援の「戦国時代」が到来したのです。

3億500万人！コロナ禍からの完全回復が示すもの

大手旅行会社JTBが発表した予測は衝撃的です。2025年の国内旅行者数は3億500万人、国内総旅行消費額は14兆5,900億円に達する見込みだというのです。これは、コロナ禍以前の水準を完全に超える数字であり、日本の旅行市場が力強い回復力を持っていることを示しています。人々の中に溜まっていた「旅に出たい」というエネルギーが、新しい形の支援策と結びつき、市場全体を押し上げているのです。この数字は、観光が日本の経済を牽引する重要な柱であることを改めて証明しています。

自治体間の「割引合戦」が始まった理由

なぜ各自治体は、こぞって独自のキャンペーンを展開するのでしょうか。その最大の理由は、地域経済の活性化です。観光客が訪れることで、宿泊施設だけでなく、飲食店、土産物店、交通機関など、地域の幅広い産業が潤います。特に地方にとって、観光は雇用の創出や地域ブランドの向上に直結する生命線です。そのため、他の地域に負けじと魅力的な割引や特典を用意し、一人でも多くの観光客を呼び込もうと必死なのです。この自治体間の健全な競争が、結果的に旅行者にとっては選択肢の増加というメリットにつながっています。

しかし、旅行者数が増える一方で、私たちの財布には厳しい現実が待ち受けています。

「物価高」が変える旅のカタチ―期待と不安の交差点

旅行費用は上昇、でも旅行意欲はなぜ衰えない？

あらゆるものの値段が上がる物価高騰の波は、旅行業界にも押し寄せています。燃料費や人件費の上昇に伴い、交通費や宿泊費は以前よりも高くなる傾向にあります。JTBの調査でも、一人あたりの旅行費用は上昇が見込まれています。それにもかかわらず、旅行意欲が衰えないのはなぜでしょうか。専門家は、コロナ禍で行動が制限された反動に加え、人々が「モノ消費」から、体験や思い出を重視する「コト消費」へと価値観をシフトさせている点を指摘します。日々の生活では節約を意識しつつも、特別な体験である旅行にはお金を使いたいという心理が働いているのです。

賢く旅する新常識―「ふっこう割」などの地域限定策

物価高の時代だからこそ、旅行の計画には「情報収集」が不可欠です。各自治体が展開するキャンペーンを賢く利用することが、満足度の高い旅を実現する鍵となります。例えば、能登半島地震からの復興を支援する「北陸応援割」や、各地で実施される独自のふっこう割など、2025年冬シーズン以降も継続が見込まれるキャンペーンが多数存在します。これらの情報は自治体の公式サイトや観光情報サイトで発信されますが、割引内容や対象期間、予約方法がそれぞれ異なるため、事前の確認が重要です。少しの手間をかけるだけで、旅の費用を大きく抑えることが可能になります。

節約志向と贅沢体験の二極化

旅行者の消費行動には「二極化」という新たなトレンドが見られます。交通費や宿泊費はキャンペーンを利用して賢く節約する一方で、その土地ならではの食事やアクティビティには惜しまずお金をかける、というスタイルです。これは「メリハリ消費」とも呼ばれ、限られた予算の中で最大限の満足を得ようとする消費者の工夫の表れと言えるでしょう。この傾向は、旅行会社が提供するプランにも影響を与えており、基本的な費用を抑えたプランに、豪華な食事や特別な体験といったオプションを追加できる商品が増えています。

こうした個人の消費動向の変化と並行して、国も観光政策の舵を大きく切ろうとしています。

量から質へ―政府が描く「新しい観光」の姿とは？

単なる割引ではない「持続可能な観光」

観光庁が発表した2025年度の概算要求を見ると、国の観光政策に大きな変化が見られます。これまでの「とにかく観光客を増やす」という需要喚起策から、「持続可能な観光地域づくり」へと軸足が移っているのです。これは、観光が地域にもたらす経済的な恩恵と、環境や住民の生活への負荷とのバランスを取ろうとする考え方です。ただ安いだけの旅行ではなく、その土地の文化や自然を尊重し、地域経済に真に貢献するような質の高い観光を目指す。これが、政府が描く未来の観光の姿です。

焦点はインバウンドと観光DX

質的転換の鍵を握るのが、インバウンド（訪日外国人旅行）の戦略的な誘致と、観光DX（デジタルトランスフォーメーション）の推進です。円安を追い風に、日本を訪れる外国人観光客は急増しています。彼らを大都市だけでなく地方へも誘致し、消費額を増やすことが重要な課題となっています。また、予約システムや多言語対応、キャッシュレス決済などをデジタル化する観光DXは、旅行者の利便性を高めるだけでなく、観光事業者の生産性向上にもつながります。これらの取り組みが、日本の観光産業を次のステージへと押し上げる原動力となるのです。

オーバーツーリズムという新たな課題

旅行者数が回復する一方で、新たな課題も浮上しています。それがオーバーツーリズムです。特定の観光地に人が殺到し、交通渋滞やゴミ問題、騒音などで地域住民の生活が脅かされる現象は、すでに京都や鎌倉などの人気観光地で深刻化しています。旅行者数の「量的回復」を達成した今、この課題にいかに向き合うかが問われています。観光客の満足度と住民の生活の質を両立させること。これこそが、「量から質へ」の転換に求められる最も重要な視点と言えるでしょう。

今後の焦点は？私たちが選ぶべき「旅」の未来

日本の旅行市場は、全国一律支援の時代を終え、地域が主役となる新たな局面を迎えました。量的回復を達成した今、焦点は「持続可能で質の高い観光」をいかに実現するかに移っています。鍵を握るのは、オーバーツーリズムなどの課題を克服し、地域経済と住民の生活、そして旅行者の満足度をいかにして両立させるかです。私たち旅行者一人ひとりも、ただ消費するだけでなく、訪れる地域を応援する視点を持つことが求められるのかもしれません。あなたの次の旅は、どの地域を訪れ、どんな価値を見つける旅になりますか？